大日向 暁子選手 これまでのあゆみ
学生時代は五輪を期待されたジャンパー
中学校時代から幅跳びで全国トップクラスの実力だった。中学3年の時、東京五輪を目にし、オリンピックに憧れた。2年後の1966年、高校2年生の時には、インターハイの幅跳びで優勝。頭角を現し、大学でも本格的に取り組んだものの、思ったように記録を伸ばすことができず不完全燃焼で幕を閉じた。
地元の長野県松本市へ戻って市役所に就職。24歳で結婚し3人の子どもを育てた。陸上のことは自身の中で封印されていた。「当時は今ほど生涯スポーツが社会の中で浸透していなかった。マスターズの存在も知らなかった。とにかく日々の生活に夢中だった」
マスターズ陸上との出合い 再び世界へ 三段跳びで飛躍
子育てが落ち着きつつあった39歳の時、17年ぶりに声を掛けられて出場した地域の陸上大会。ほとんど練習をしないでの出場だったが、幅跳びで5m45の好記録をいきなりたたき出した。これをきっかけに、長野県の陸上関係者から、マスターズ大会への参加を勧められた。「大会でしか味わえない、助走路に立った時の何とも言えない緊張感。この醍醐味は病み付きになる」—。40歳を前に、思いがけず、大日向さんの第二の陸上人生が幕を開けた。
その翌年、長野県内でやっている人がいなかった三段跳びに初めて挑戦した。三段跳びは、跳躍の力に加えて技術を要求される種目だ。
42歳で11m95の大ジャンプ、W40の部で世界新記録を樹立した。その後は12m超えのジャンプも連発。44歳では国体にも出場し、現役選手顔負けの実力を発揮し、再び脚光を浴びた。
常に怪我との闘い それでも世界記録更新
しかし、50歳の時、左アキレス腱の完全断裂、54歳では左膝の半月板損傷の大怪我に見舞われた。それでもその都度乗り越えて復活し、自身の持つW50の部の世界新記録を更新した。
W55クラスの世界新記録を更新した後、怪我の痛みに苦しみながら迎えた60歳で、6年間目指していた11m越えのジャンプをし、再び世界記録を更新したが、その年、逆足となる右膝の半月板も損傷。跳べなくなるのではないかという不安がよぎることも少なくなかった。
しかし、自分自身の記録を越えたいという思いは、怪我の大きさを跳ね返す。試合でしか得られないものも多い。同世代で闘う仲間に再会できる試合が自分の大きな原動力になる。怪我を冷静に受け止め、身体に繊細に向かい合い、いつもギリギリのラインを見極めながら、とにかく試合に出場できるよう、調整を重ねた。
そしてクラスが上がり迎えた65歳の今季の初戦。先年の故障で調子は完璧ではなく不安を抱えての試合はあったが、見事、5クラスでの世界記録更新を達成した。世界記録のアナウンスと電光掲示板。「胸がいっぱいになり、勇気が出て心が満たされました」
世界記録更新後、今季は5試合に出場し、4試合で記録を塗り替えた。最高記録は9m81。「筋力、脚力、瞬発力・・・すべて機能低下するのは仕方ない。W70で世界記録を更新することを次の目標として視野に入れつつ、来季は再び10mに挑戦していきたい」と意気込みを新たにオフシーズンをスタートしている。
練習は「自分に向かい合える特別な時間」
自宅から歩いて3分もかからない松本市内の陸上競技場が、大日向さんのホームグラウンド。平均して週に2、3日、家事や介護の合間をぬって約2時間、練習に繰り出している。身長171センチ、52キロ。すらりと長い手足から繰り出される動きの美しさは人目を引く。元々恵まれた肢体を持つ大日向さんだが、120%の力を試合で出し尽くすための努力の積み重ねは並大抵のものではない。
57歳で退職してからは、主婦業に加え、自宅にある広い畑の仕事、長野県のマスターズ陸上の事務のほか、同居の両親の介護が始まった。そんな日常の中、練習時間は「日常から切り替えられる特別な時間」であり、だからこそ集中と喜びの度合いも増すという。
練習のための情報収集は、陸上競技マガジンやインターネットなど、最新のものを吟味し、自分自身にあったものを探す研究心は年々高まっている。「例えば、福島千里選手がどんな食事やサプリメントを取っているか、それを参考に自分もまねしながら、自分に合うものを取り入れています」
年齢を重ねれば重ねるほど、追い込んではならず、休むということも練習として大事だと痛感するようになった。「中高年になるともっとやりたくてもそこで我慢が必要。やり過ぎると後に響き、怪我に繋がる。その辺りの微妙な調整は自分で見つけていくしかないですよね」—。メニューはその日の優先順位を整理し、一番やるべきことは何なのかを考えながら、スプリント練習と跳躍中心の練習を交互に組んでいるという。
「より遠くへ」衰えぬ本能 後輩選手にも刺激
そんな大日向さんの長年の力闘ぶりに、後輩選手たちも刺激を受けている。公私ともに大日向さんと親しくする長野県マスターズ陸上松本支部長の百瀬晶文さん(54)は「選手としての姿勢は言うまでなく、温かい心遣いで人としても尊敬しています」と話す。同じ跳躍種目で切磋琢磨する西澤香さん(48)は「選手としての実績が素晴らしいのにとっても気さく。すべてをしっかりこなす先輩で見習いたいと思う」と話す。
「今、常に目標となる記録があり、より遠くへ跳びたいという本能と、挑戦し続けたいという強い気持ちが湧いています。高いモチベーションを失わずに、5年後、また、グラウンド中に響くあたたかな拍手をいただくことができるように精進したいと思っています」。
淡々と熱く―。大日向さんの挑戦は、まだまだ続く。